教育のためのコミュニケーション

神代健彦さん招き設立記念イベント開催―「教育批評」としてのコミュニケーション

REPORT/2021.03.14 text by 山崎一希(代表理事)

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 3月13日(土)、本NPO法人の設立記念イベントとして、京都教育大准教授の神代健彦(くましろたけひこ)さんを招き、講演&対談を行いました。会員の方はもちろん、それ以外の方にもたくさんご参加いただきました。

 神代さんは昨年7月に『「生存競争(サバイバル)」教育への反抗』(集英社新書)を出版。グローバル競争の中で国家や個人が生き残る、あるいは経済格差を是正する……そうした本来経済や社会保障によって解決すべき諸問題が、「教育」への期待としてのしかかり、教育がそれに「失敗」しては、批判の対象となってしまう。そんな「教育依存症候群」の状況を国内外の教育学や社会学の議論を参照しながらわかりやすく論じ、それが「コンピテンシー」概念の普及の中で加速することも指摘。それに対比させる形で、「世界=コンテンツに出会わせる」という教育の意義を、慎重に言葉を選びつつも力強く提示する内容です。

 私自身の問題意識と大いに重なるところがあったため、京都教育大学のWEBページでメールアドレスを調べ、感想を送付。そこからやりとりが始まり、今回のイベントに至りました。

 第一部は、神代さんによる、著書の内容に沿った講演。「国や経済団体が『Society5.0で求められる人材(教育)』などと言いますが、『求め』ているのは誰なんだろうか」と問いかけ、相互に矛盾を孕むようなマルチな課題解決を「教育」に期待してしまう「依存症」の状況が、結局私たちを追い込んでしまうと指摘します。「将来、どんな社会になっても大丈夫な力なんて本当にあるのでしょうか。仮にあるとして、それを『教育』でつけることはできるのでしょうか」、そして、「力をつけるということが教育の唯一の目標なのか?それに終わりはあるのか?」と。

 そこで神代さんが提案するのが、未来に必要な社会的能力の再分配ではなく、「学習経験の再分配」としての教育像です。
 私自身は、講演で紹介された、教育学者の中内敏夫さん(1930~2016)による「学力」の定義、「人間の知的能力全体のうち、教育的関係のもとで教材を介してわかち伝えられる部分」というのは、とても示唆的だと思います。この定義には、「教育的関係のもとで教材を介してわかち伝えられ」ないものは「学力」ではない、という明快な意志が示されています。同時に、「教材」が担う、各教科がもっている文化としての系統性への尊重も込められているといえます。

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 すなわち、学校教育や授業を、“サバイバル”の能力として純化されたコンピテンシーの習得ではなく、「過去からの文化遺産にどう出会わせるか」という側面から捉えること。外から持ち込んだ目標ではなく、「教育の『内回り』を、社会に向けて語り直す」こと。神代さんは、その大切さを強調します。

 後半は、神代さんが掲げる「教育批評」という言葉を手がかりに、私たちの「教育のためのコミュニケーション」というミッションとの関連などを考えました。
 神代さんが「ささやかな事例」として掲げたのが、小学1年生の娘さんと国語の教科書を読んだときのエピソードです。テキストの正統な解釈とは異なる形で、自分の生活経験を踏まえてその子なりに読んでいく(誤読)ことを、授業という場で「エラー」と捉えるか、意味のある「余白」と捉えるか、ということを神代さんは問いかけます。

 二者択一の問題ではないかも知れませんが、公教育の活動が、教育関係者だけではなく、多くの人たちの支持の中で進められることを前提としたとき、この「余白」が人びとの間でどう理解されるかはとても重要なことでしょう。そして、この「余白」を可視化し、その価値が多くの人に共有され、吟味されることを目指すのが、まさに「教育批評」という活動といえます。

 神代さんはこの「教育批評」をテキストという形で実践していますが、私たちのNPO法人が「教育のためのコミュニケーション」として行おうとしている実践も、基本的には同じビジョンを有していると考えています。あるいは、「教育の『内回り』」の議論が、その遠心力をもってもなかなか「社会に向けて」飛び出していかない難しさに対し、私たちは、「コミュニケーション」の技術によってそれを力強く支えていこうとしている、ともいえるでしょうか。

 このような形で、今回のイベントでは、私たちの活動の意義を再確認し、なおかつ実践の場へと広げていくような大きなきっかけをいただくことができました。神代さん、また、ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました!

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